いまはやり、「生活」
いつからでしょうか、わたしはすっかり歯が悪くなりました。あとは親不知くらいで、たいていの症状のカテゴリーは制覇してきています。
今回は歯茎にできものができました。膿を出してもらったり抗生物質を飲んだりしたのですが、快方には向かいつつも治ったのかはよくわかりません。
調べてみたところ、恐らく虫歯の菌が侵入したものと思われます。はじめ歯槽膿漏を疑っていたのでいくぶん気分は楽になりましたが、なんといっても歯茎の違和感が残るだけにすっきりしません。
詳しく内容を理解しているわけではありませんが、快活で知られる友人が大いに悩み苦しんでいるようです。
わたしは大学に入ってから独りで過ごしてきたと言える自信があります。決して自嘲ではありません。単なる事実です。
もちろん、周囲とかかわりがなかったわけでは決してありません。むしろ友人や家族は重んじているつもりです。
しかし絶対的にわたしは独りでしたし、今もそうです。全てこの身一つに受けてきています。
友人は周囲の心ない噂に耐えかね、また擁護してくれる彼女の友人を板挟みにすることのつらさも感じているようでした。だから相談するのはやめて彼女自身で、一人で引き受けようと述べていました。
自分自身で苦難を背負いきるということは、その言葉がある種の美しさを見せてくれる反面、本当に心身に堪えます。
彼女が空虚な重荷に苦しむことも、無意味とは言えないのでしょう。しかしながらわたしの思いとしては、彼女にはそんな思いをしてほしくありません。自分が乗れるような相談ではないし、何か力になれるとも思わないけれど、とにかく人と共有してほしいと思うのです。
あらためて、人と生きる大切さを思った次第です。
おもしろネタ、ありますよ。でも説明が長くなるので自重します。
《「端然」》